=鷹宮 椿
=佐倉 裕

 

「いえ、仲村様は御自分で歯車を抜いておられるほどなので、あの子がいかに危険かご存知のはずです。・・・以前の持ち主の方々はともかく・・・。ですが、仲村様の近頃のご様子では、いずれ歯車を胎内に戻されるおつもりではないかと・・・」
     左之助は上目に青空を見やる。本人の意図はともかく、青空は目付きの剣呑さに身を竦ませた。
    「青空さん、あんたなんでわざわざ俺にそんなことを言いに来なすった。俺ぁ、もとから気は長ぇ方じゃねえし、先刻(さっき)は頭に血が上ってたから理に合わねえ乱暴しちまった。普通なら頭にきて俺が取り殺されようがどうだろうが、放っておくんじゃねえのかい」
     青空は気の弱そうな笑みを浮かべる。
    「まさか、あの程度のことであなたが死んでも構わないなんて思いはしませんよ。事情を知っていて見過ごすわけにはいきません」
    「そうかい。気遣い済まねえな。けどよ、生憎俺ぁ抜刀斎からの依頼を請けちまった後だ。退くわけにゃいかねえよ」
     左之助は唇の端を上げて不敵な笑みを形作った。
    「え・・・?」
    「言ったろ。俺ぁ奴に、助けてくれって、自由にしてくれって頼まれたんだ」
    「斬左さん、それは・・・」
     青空が慌てたように腰を浮かす。しかし、左之助の揺るぎのない瞳に、浮かした腰を再び沈めた。
    「そう・・ですか。・・・父は今際に、あの子をあまりに見事に造りすぎてしまったと・・・抜刀斎に済まないことをしたと、そう申しておりました」
     自分の現し身に寸分違わぬ依代があるとしたら、死者の魂はどうするだろう。
     あるいは当人にそのつもりがなくとも、容器(いれもの)に囚われてしまうかもしれない。
     タ、ス、ケ、テ。
     悲しげな瞳と、聞こえなかった声が左之助の脳裏に閃く。
    「斬左さんの話を聞いていて思いました。斬左さんの見たあの子そっくりのお若い方は、多分・・・いえ、きっとあの子の内に囚われてしまった抜刀斎です。斬左さんの前に姿を見せたのは、あなたを見込んでのことだと思います。自分が造って丹精した人形です、父はあの子の内に抜刀斎が居ると知っていたのでしょう。反りの合わない父でしたが、死に際まで気に病んでいたことをなんとか出来るならしてやりたいですし、人形師の端くれとしてあの素晴らしい子を・・・父の傑作を人間の欲にまみれさせておくのは哀れでなりません」
     一度言葉を切って、畳に視線を落とす。もう一度、顔を上げた。
    「判りません。これはもしかするととても危険なのかもしれません。斬左さんは、やはり手を出すべきではないのかも・・・でも・・・」
    「あのよ、青空さん」
     左之助の指が人形師の薄い胸を軽く突く。
    「あんたの思惑はどうでいいのさ。俺がそうしてえから、やる。あいつが化け物で取り殺されても、あんだけの別嬪なら本望ってとこだ」
     そして、化け物ではなく、自由にしてくれという言葉に偽りがなく、魂を解き放つことで二度と抜刀斎に会えなくなるのだとしても構いはしない。彼の望みを叶えてやる、その方がずっと大事だ。自由になれたら、あの堅く冷たい美貌も、夏の陽射しのように笑ってくれるだろうか。その為なら、命を賭しても惜しくない。
    「斬左さん、よろしく・・・よろしくお願いします」
    「別にあんたのためじゃねえ」
     伏し拝まんばかりの青空に、左之助が照れ臭そうに鼻の頭を掻く。
    「そうとも・・・待っててくれよ」
     口の中で小さく呟いた。      
  夕暮れを迎え、左之助は仲村邸へ足を向けた。今日は確実に彼が居る。そう思うだけで心が浮き立った。
     常の如く通された蔵の中で、桐の箱をそっと撫でる。「歯車はちゃんとみつける。もうちょっと辛抱してくれな」
     かたり。
     左之助はあの音を聞いた。
    『まさか・・・?』
     仲村が歯車を戻したのかと慌てたが、硬質なそれはぜんまいの動かした、絡繰の噛み合う音ではなかった。しっかりとはめ込まれていなかったらしい錠が、口を開けて傾いている。左之助の胸が躍った。そう度々錠を壊すわけにはいかず、当分人形の顔を見られまいと思っていた矢先だ。気が急いて、何を難しいこともない錠をはずすだけの作業に手間取った。それでもどうにかはずしてしまうと、桐の蓋を持ち上げる。甘い香の匂いがふわりと左之助を包み込む。
     練絹の刺繍布団に抱かれて、静かな眠り姫。
     縮緬の淡萌黄(うすもえぎ)に、贅沢な総絞りの源氏香の大振り袖、金爛の帯。伊達襟と帯揚げはそれぞれに深と浅の二藍、季節に先駆けた春の色合わせだ。着物の緑に髪の緋がよく映えている。左之助は見惚(と)れた。
     無骨な指で艶やかな髪を梳き、形の良い小さな頭を撫でる。唇は今も春の花の色を湛えて、接吻(くちづけ)をねだるように開かれたまま。
     自分の唇を重ねようとして、やめた。
     触れられない。
     愛おしすぎる。
     その下にきららかなあおを秘めたまま、瞼を閉ざした顔貌(かんばせ)を遠慮がちに見つめた。
    「・・・これじゃ、あんたを撫で回した狒々じじいどもと変わりゃしねえな」
     こうして、抵抗出来ない彼を許しなしに見つめているのさえ凌辱のような気がする。
    「あんたが自由になったら・・・そしたらよ・・・」
     続いて囁かれた言葉は、人の耳に聞き取れない。けれどそれに人形の表情が和んだように見えたのは、行灯の仄灯りの下での錯覚だったろうか。
 
 次の日の朝から、左之助はさっそく行動を起こした。
 今まで無頓着だった仲村家の内情について気を配り、店や人々の様子を探る。朝食の給仕をしてくれる下女に話し掛ける。下女は、左之助から親しげに話し掛けられたことで有頂天になり、家の外で会うことを快諾した。そして店を辞してからも、そのまま帰らずに店の様子を外から観察する。確かに、店は上筋の客が少なく、代わりにガラの悪い男たちの出入りが見られた。主人は何処にいるのか、奥に引きこもっている。そしてひっきりなしに小間物屋や大きな荷物を抱えた仕立て屋、呉服屋、金銀や宝石の細工師、髪結いなどが入っては出て行く。どれもあの人形の為の装飾品に違いない。左之助は彼が今どんな目にあっているかをついつい想像してしまい、怒りに拳を震わせた。しかし不思議なのは、大工や左官の親方などの建築関係の者が出入りする事である。店でも改築するのか、それとも家でも建てるのだろうか。
    左之助はそっと店の前から離れて、下女と待ち合わせた甘味処へ急いだ。
    店の前で人待ち顔で立っている女に手を上げた。女は、左之助の姿を見とめて手を
り、飛びあがった。
    「うれしい、ホントに来てくれたのね。あたし、斬左さんにからかわれたんじゃな
かって思ってたのよ」
    女はそういって左之助の腕にしなだれかかった。左之助は腕をそのままにさせて中に促がす。
    「待たせちまったかい。そりゃすまねえな。ここは俺がおごるから、なんでも好きなもん頼みな」
    「嬉しい!ねえ、あたし斬左さんがうちの店に用心棒に雇われたって聞いた時、とびあがっちゃったのよ。誘ってくれるなんて、夢みたい」
    左之助は適当に女の話に合わせて機嫌を取った後、本題に入った。
    「ところでよう、最近仲村の旦那って様子がおかしかないかい。ずいぶん顔色が悪いようだぜ」
    そう言ったとたん、あんみつを口に運んでいた女の箸が止まる。
    「やっぱり、斬左さんもそう思う?もう、おかしいなんてもんじゃないわよ、あれ。」
    「旦那は昼の間、一体何をしてるんだい」
    「それが、私たちにもわからないのよ。ご自分の部屋に閉じこもったきり、ご飯にも出てこないの。もちろん店のことは番頭さんにまかせっきり。でももともとあの店は旦那様がお一人で大きくされた店だから、旦那様抜きじゃどうにもしようがないのよ。皆困ってるわ。」
    「そんな、ひとりで閉じこもるって、一体何をしてるんだい」
    「それが・・、これ、秘密よ」
    女は声を潜める。
    「それはそれは綺麗な人形に入れ揚げちゃってるのよ」
    左之助はわざと大げさに笑い声を立てる。
    「そんな馬鹿な事があるもんかい。人形?生身の女に入れ揚げるってなわかるがおめえ、」
    「そりゃあんた、あの人形を見てないからそんな事がいえんのよ。そりゃあ綺麗なのよ、今にも動き出しそうなくらい。あたし、あの人形怖いわ。」
    「でもたかが人形に入れ揚げるなんざ、頭がどうにかなっちまってるにちげえねえ」
    「そうよ、あんな命もないものに、かたぎの一家が一年食べれるくらいの値の張る着物や帯をどんどん誂えたり、赤玉やら青玉やら金剛石やらを使った帯留めとか、金銀 のそりゃ見事な髪飾り作ってやるなんて正気じゃない。今日届いた簪なんかね、紫の宝石で、藤の花を作ってあったのよ、花びらひとつひとつ、全部宝石。葉っぱは緑の玉石で、串は銀なの。あんなに着物持ちのお嬢さんなんて、日本中捜したってどこにもいやしないわよ。毎日違う着物を着ても、全部着れやしないくらいあんだから。」
    女は鼻息を荒くした。それはそうだろう、生身の女である自分が、一生着れないような豪奢な着物を目の前にしてそれが人形用だというのだ。腹も立とう。
    「それがね、それだけじゃないのよ。実はね、旦那様は、とうとうその人形に、家を建ててやるおつもりなのよ。」
    「家、だあ?」
    「そうよ。何処か山奥に別荘を建てて、そこに人形と引きこもるらしいわ。西洋風の別荘で、それはそれは豪華なのよ。窓にはギヤマンを使うんですって!信じられる?まるで生きてるお妾さんみたい。ううん、お妾さんだってそんなに贅沢できやしない
わ。」
   「ど、どうして急に、山奥って・・」
    「そんなの知らないわ。でも最近特に旦那様のご様子がおかしいから、家や店の者が意見したりとか、人形を取り上げようとするのが気に入らなくて、自分の思い通りに するために誰の手も届かないところにいきたいんじゃないかしら。でも、あの様子じゃああのお家もおしまいよ。私も早く新しい奉公先をみつけなきゃ。」
    左之助は呆然としながらも、さらに質問を畳み掛ける。
    「そ、その別荘ってな、もう作ってんのかい。」
    「ええ、詳しくは知らないけど、聞いた話じゃもう大分出来てるらしいわ。いつ引越すかはわからないけど・・。」
    仲村が、あの人形を連れて東京を離れると厄介な事になる。
    『グズグズしてる暇はねえ、ってことかい・・』
    左之助は唇を噛んだ。
あんみつを食べ終えると、女はゆっくり出来ないといって名残惜しそうに帰っていった。人形の話題に終始してしまったのが詰まらなかったようだ。また必ず会ってくれと念を押されて、生返事をしておいた。
    「そう・・か」
     とりあえず戻った自分の長屋で、左之助が独りごちる。
     一月、というのは件の別荘の普請が終るまでの期限なのだろう。だとすれば、残された日数は十日に欠ける。歯車の隠し場所は大体見当がついていた。だが、確かにそこにあるのかを確認するにも、仮にそこにあったとして盗み出すにも、最も困難な場所だ。それに、人形と歯車は同時に手に入れなければならない。案がないでもないが。
     夕刻が訪れ、左之助は仲村家へと向かう。今までは気にもしなかったが、左之助が通うようになってまだ一月にもなっていないここの雰囲気が、当初と比べてどこか荒んだものになっている。そういえば、奉行人の数も減ったようだ。
     飾り立てられた人形を閉じ込めた木箱を一晩眺め、翌朝左之助は三度老人に面会を求めた。顔をみせた商人は多少やつれているものの、狂気は片鱗も見受けられない。何もかも承知で人形の為に滅びていくつもりなのだろうかと、ふと思う。同情めいた、憧憬めいた気持ちを抱いた自分に向けて、心中舌打ちした。
    「いえね、人形の絡繰なんですが・・・夕べもまたすごい音を立てて動いたんでさ。さすがに気味が悪ぃんで、もう開けやしませんでしたがね。旦那、修理(なおし)に出しなすったと言ってござんしたでしょう。治ってないんじゃねえんですかい」
     カマを掛けてみたのだが、初めて仲村が狼狽(うろた)えた素振りをみせた。
もっとも、常人ならば見過ごしたろう。だが、左之助は見逃さなかった。皺ばんだ指が、胸の真ん中を掴んだ一瞬さえも。
    『やっぱりあすこか・・・』
     仲村の押さえた場所に、紐か鎖でぶら下げた歯車があるはずだ。
    「おや、そうですか。人形師は特に問題無いと言っておったのですが。ではもう一度みてもらわねばなりますまいな」
     にこやかな語り口は、既に日頃の老人だ。
    「今度は向こうに来てもらいましょうか・・・してもらわねばならぬこともありますしな・・・」
     左之助に聞かせる口振りだが、明らかな独り言だ。しかし左之助は、それに心臓を鷲掴みにされた。「してもらわねばならぬこと」とは、歯車を彼の胎内へ戻すことに間違いない。
    「ああ、わざわざ有り難うございました斬左さん。向こうに朝餉の仕度が出来ておりますのでどうぞ」
     しきりと色目を使ってくる下女にうんざりしながら食事を終え、左之助は青空の家へ向かった。仲村の依頼に出向いてくるのを引延してもらうためだ。ことによれば、人形に歯車を入れられない限り、別荘へ行くのを先送りにするかもしれない。時間は欲しいが、抜刀斎を早く自由にしてやりたくもあり、妙に気ばかりが急く。
     人形師の家では、美形の奥方と、両親の双方によく似た赤ん坊が出迎えてくれた。
    「済みません。遠方のお客様からのご依頼で、五日ほどは戻らぬかと・・・」
    「ああ、そうですかい」
     ほっと息を吐(つ)く。左之助にはむしろ都合がいい。少なくとも五日は時間を稼げる。
    「あくす、あくす」
     人懐こい赤子が、母の諌めにも構わずに盛んに左之助にまとわりついてきた。
意外な顔をされるが、左之助は子供も動物も嫌いではない。夫人も、左之助への警戒心は殆ど無いようだ。単純に人好きのする容姿といえばそれまでだが、物事への執着の少ないさっぱりとした邪気の無さが判るのだろう。
    「人見知りしないので困ります。どんな人にでもついていってしまうんですよ」
     茶を出しながらそんなことを言った。
    「あの子にも・・あの仲村様のお人形にも懐いてしまって。ちょっと目を離すと側に行って、何か一生懸命に話しかけてるんです。お人形だって、判らないのでしょうね」
     青空が以前、あの人形は抜刀斎の一番優しい姿を写したものだと言っていたが、子供が懐くのは判る気がする。人斬りと呼ばれながら、彼の心はあんなにも無垢なものを隠していたのだろうか。  
 
その夜、左之助は蔵の中で、桐の箱に寄り添うようにして人形の眠りを守る。
    ふと空気が変わり、左之助ははっと身を起こした。
    何度か経験した、あの感覚。
    左之助はじっと目を凝らして、その瞬間を待つ。
    目の前にゆっくりと浮かび上がる、幻。
    「抜刀斎・・」
    左之助はそっと名を呼んだ。
    幽かな存在は、左之助から少し離れたところに現れていた。
    「また、逢えたな。俺、ずっと待ってたんだぜ?」
    左之助は立ちあがり、暗い土蔵の中に浮かび上がる鮮やかな色彩へと近づいてい
た。
    途端に彼は瞳に怯えとも恐怖ともつかない色を浮かべて後ずさる。
    「なあ、どうしていつも逃げんだよ。この前も言ったろ?俺が怖いか?触れなくたっていいんだ。逃げねえでくれよ。」
    彼は寂しそうに俯くと、それでも逃げるのを止めた。左之助の手は、彼の髪があるべき処に伸べられているが、虚しく彼を通りぬけ、左之助の指は空を掻いた。
    彼は左之助の表情を伺うような視線を見せる。自分に触れられない事で、左之助が何を感じるかを、そして人間とは異質な存在なのだと相手が実感することを恐れているのだと、左之助は何となく気づいた。
    「嬉しいぜ」
    その言葉に、彼は頭を上げて左之助を見上げる。
    「俺、ずっとあんたの側に寄りたかったからよ。いつも逃げるから、嫌われてんじゃねえのかと思って切なかったんだぜ。」
    そう言って彼を腕の中の空間に囲い込む。
    「ほら、俺の腕ん中にいる。」
    へへ、と左之助が笑う。その笑顔を眩しそうに見つめて、彼もそっと微笑んだ。
何処か寂しげだったけれど、それは左之助が初めて見る笑顔だった。左之助は呼吸も忘れて、その顔に見とれている。
    「やっぱ、思った通りだ。笑うと、もっと別嬪にならあ」
    左之助は腕を上げたまま、空を抱きしめてそっと耳元にささやいた。
    「もう少しだから、待っててくれな。俺が、必ず自由にしてやる。助けてやっから。」
    彼は左之助の胸にその小さな頭を沿わせて、頷いた。
    「抜刀斎・・」
    左之助がそう呼ぶと、彼は悲しそうに頭を振った。
    「その名で呼ばれたくないのか?・・そうだよな、抜刀斎ってな二つ名だ。ホントの名前、なんていうんだ?」
    彼はそっと唇を開く。
    『ケ、ン、シ、ン。』
    「ケン、シン?剣心か?」
    小さな頭が、こくりと頷く。
    「いい名だな。抜刀斎よりゃ、ずっといいや。俺はな、左之助。相楽左之助だ。」
    『サノ、スケ。』
    何度も口の中で反芻している彼に、左之助は上機嫌で言う。
    「斬左って名の方が通ってるし、ダチは左之さん、って呼ぶけどよ。おめえは特別に、左之って呼んでもいいぜ。」
    彼が『サノ』と呼ぶのを、唇で聞く。本当の彼の声は、一体どんなだったのだろうか。
    「あー、ずっとこうしててえ。おめえ、ずっと俺の腕ん中いればいいのにな。そしたら俺、腕が千切れてもいいや。」
    その言葉に彼はほんのりと頬を染める。そして少し恥ずかしそうに、口を動かした。
    「へ?」
    左之助は彼の唇をじっと見詰めて、聞こえない音を拾う。
    そして一粒一粒の言の葉を拾い集めて意味を見つけると、今度は左之助の方が顔を赤らめた。
    「おい、それって、」
    しかしすでに彼の姿は薄まり始め、見る見るうちに左之助の腕の中の姿は掻き消えてしまった。
    後にはただ、腕を輪にしている左之助が、阿呆のようにひとりつったっているばかりである。
    そうして左之助は、一瞬の邂逅の甘い蜜を何度も反芻しながら夜を明かすのであった。  
    残された日は、あとわずかである。

 

 

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