Kiss me baby,Wake me up! Vol.8

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「緋村さんが繕ってくださるんですか?嬉しいな、それではお言葉に甘えて、お願いします。でも、洋服の事は気にしないでください。本当に、構いませんから。」
それでも申し訳なさそうな剣心に、蒼紫はにっこりして言う。
「それなら、今度お休みの時に、私にスーツを見立ててくれませんか?自分で選ぶとどうしても似たようなものばかりになってしまって。どうですか?」
「そんなことでいいんでしたら、ぜひ。」
剣心はやっと笑顔を取り戻す。剣心にこれ以上引け目を感じさせない為に上手く提示された条件は剣心を安堵させた。このような機転は彼の育ちの良さに起因するものであろう。
「じゃあ、ちょっと上に上がっていただけますか?代わりの着物を用意しますから。」
剣心は笑顔を浮かべながら蒼紫を二階に導く。二階の部屋には一応洋服や下着のストックが置いてあるのだ。
剣心はクローゼットからアルマーニエクスチェンジの白いVネックニットを蒼紫に渡し、裁縫道具を出すと下に降りた。
心配そうに二階に上ってきた左之助を邪険に押し退け、一言、掃除を申しつけた。左之助は仕方なく鉢を起こし始める。
剣心は中断されていたお茶の準備を進めた。カップを温め、道具を揃える。剣心が用意したのはカンヤムという紅茶葉で、ネパール産の最高級品だ。
湯がしゅんしゅんと音を立てて沸き始めたころ、蒼紫が手にシャツを持って降りてきた。乱れた髪も梳かされ、土が付いた顔も洗われてさっぱりしている。固いスーツからVネックのゆったりしたセーターに着替えてくつろいだ様子だ。
しかし左之助は彼を見て飛びあがった。そのセーターは左之助の物なのだ。確かに、剣心のものではサイズが合わない。胸板の厚さは左之助の方が勝っているが、身長は殆ど同じ位なのである。剣心が左之助のものを選ぶのは当然の成り行きとして考えられる事態であったのだ。
そのセーターを引き剥がしてやると息んで左之助は蒼紫に向かおうとしたが、さすがにハスキーにも少しは学習能力というものがある。左之助は拳を震わせて耐えた。
「よくお似合いでござるよ。よかった。では、シャツをお預かりするでござる。」
剣心はカウンターから出て蒼紫からシャツを受け取ると、カウンター席に座らせる。
「お茶がはいったでござる。どうぞ。お菓子も、拙者の手作りなんでござるよ。お口に合うかどうか分からないけれど・・」
そういって剣心は少し恥ずかしそうに頬を染めながらティーカップセットとお菓子を盛り合わせた皿を蒼紫の前に並べた。
「お茶の先生にお出しするのに、なんの作法も知らなくて恥ずかしいでござる・・」
それを見た途端、ふたりの大きな男は同時に顔をさっと赤らめた。しかし一瞬はやく我に帰った蒼紫は俯く剣心の染まった頬を見つめながらやさしく言う。
「お茶というのは、一緒に飲む者同士が美味しく飲んで楽しむものなんですよ。私がこんな事をいうのもなんですが、あんな沢山の作法なんて、ホントは必要ないんですから。」
そう言ってにこにこと笑う。
「それに、このお茶もお菓子も、緋村さんのお手前なんですから、私は頂けるだけでも幸せです。緋村さんもご一緒にどうですか?」
「ではお言葉に甘えて、拙者も。」
剣心はカウンターの中にある椅子を引き寄せて自分も蒼紫のものと同じセットにお茶を煎れると蒼紫の前に座った。蒼紫は優雅な仕草でカップを手に取ると香ばしい茶の香りを楽しむ。
「いい香りだ。これは、ネパールのカンヤムですね?」
「さすが先生でござるな。大正解でござる。」
「このお茶は生産量がとても少なくて純粋なフルリーフのものは殆ど手に入らないんですよ。嬉しいな、このお茶がいただけるとは思わなかった。」
そしてクッキーを手に取ると口に運び、途端に目を細める。
「美味しいな。私はこんな美味しいクッキーを頂いたのは初めてです。・・プディングも、イタリアでは散々美味しいお菓子を頂きましたが、ミシュランに載ってるお店でもこんな美味しいドルチェはなかったな。素晴らしいです。このお菓子は、ここでお出ししてるんですか?」
蒼紫のそのセリフを聞いてケッ、と左之助が蒼紫にだけ聞こえるように小さく悪態をついた。
「ぬわゎーにがドルチェだ、カッコつけやがって」
しかし蒼紫は一切聞こえていないふりで無視した。
「ええ、少ししか作らないので沢山はお出しできないんですけど。」
「そうか、それがいいですよ。余り無理をして頑張らなくてもいい時期ですから。ご自分の体が一番ですよ。でも、これは本当に美味しいな。」
蒼紫はお茶をお代わりして、出されたお菓子を全て平らげた。
「もしよろしかったら、少しお持ちになりますか?」
剣心は美味しそうに食べてくれた事に喜んでそういう。すると蒼紫は顔を輝かせて頷いた。
「ええ、ぜひ。きっと両親も喜びますよ。でも、もったいないからひとり占めしたいな。」
そう言って笑う。剣心も嬉しそうに笑って、花用のリボンなどで綺麗にラッピングをした。
  「ありがとうございます。すっかりごちそうになってしまって。」
蒼紫は海外での話を、剣心は店を開いてからの話などをして2時間ほど話し、蒼紫は腰を上げた。わざとだろうか、左之助の話は一切しかった。その間、左之助は二人を遠巻きにして掃除をしていた。
「一応、繕えました。ただ、破れてしまったところは元通りにはならなくて・・。ジャケットの上に、コートを羽織っていかれれば目立たないと思うんです。こんなものしかないですけど、お使いください」
剣心は繕い終わったシャツとバーバリーのハーフコートを差し出した。蒼紫は丁寧に頭を下げて礼を言うとそれを素直に受け取り、二階に上がった。
「どうぞ。沢山入れておきましたから、みなさんで召しあがってください。それと、お茶の葉も少し入れておきましたから、よろしかったらどうぞ。」
着替え終わった蒼紫に剣心はかわいくラッピングしたお菓子と邪魔にならないように小さく作ったダリアのブーケ、そしてお茶の葉を入れた缶を入れた紙袋を差し出した。
「逆に、いろいろご迷惑をおかけしてしまって。でも、美味しかった。・・で、買い物なんですけど、いつがお暇ですか?緋村さんのご都合がいい時にあわせますから。」
蒼紫はそう言って次に会う約束を取りつける。
「明日、丁度定休日なんです。よろしかったら、明日はいかがですか?」
途端に左之助がびくりと反応したが、無視する。
「分かりました。では、明日に。私がお宅までお迎えに上がらせていただきます。どちらか、お伺いしてもいいかな?」
「ええ、」
剣心は頷いて住所と簡単な地図をメモに書く。
「それでいいですよ、後はナビがありますから。では、時間は・・、お昼くらいがよろしいですか?」
「ええ。分かりました。」
「では、明日の12時に。ごちそうさまでした。」
そう言って蒼紫は丁寧に頭を下げると、爽やかなコロンの香りを残して出て行った。
剣心が店の外まで見送って戻ってきた途端、急に強い腕に顔を掴まれた。
「んっ・・」
有無を言わせず、左之助が口付けてくる。左之助にしてみれば、自分が全く無視されていた2時間だったのだ、何より辛かったに違いない。それをじっと耐えていたのだから、少しは褒めてやってもいいだろう。その前の暴挙は未だに許せることではないが、一応謝った事だし、これ以上怒っていては逆に手に負えない事態を引き起こしかねない。剣心はその乱暴な口付けを受け入れた。
長い口付けから開放されて、瞼を開けた剣心の目に入ってきたのは左之助のブルーブラックの瞳だ。信じられない事だが、澄んだ瞳にはうっすらと膜が張られている。
「左之・・、」
剣心の声に、左之助はぐいっと腕で目を拭うとそっぽをむいた。でも手は、しっかりと剣心の手を握っている。
「左之、わかってるでござろ?左之が悪いんでござるよ?あの人は拙者の先生で、良くしてもらってるんでござるから。悪い人じゃないんでござるよ。ね?」
剣心は背伸びして左之助の頭を撫でる。
「アイツは、いい人なんかじゃねえよ。おめえに触りたがってる。」
口を尖らせて言う左之助に、剣心はくすくすと笑う。

「あのね、左之。前に、拙者の事、話したでござろ?家族が皆死んで、壊れかけてた拙者の心を直してくれたのが、四乃森先生なのでござるよ。若いけどすごく優秀な先生で、アメリカとヨーロッパの大学や研究所に呼ばれてたくらいなんでござるよ。拙者の治療中にお呼びがあったらしいんでござるが、拙者の為に引き伸ばしてくれてたほど、治療に熱心ないい先生なんでござる。ね?わかったでござろ?左之が心配するような相手ではないんでござるよ。」
左之助はなおも何かいいたそうだったが、口を噤んだ。これ以上剣心に進言する事は、敵に塩を送ることに他ならない。
「アイツに俺のセーターとコートを貸してやったことはもういいよ。でもよ・・、明日は、俺と約束があっただろ?」
そうなのだ。明日の休みは、ディズニーランドへデートに行く日だったのだ。左之助は当然行った事はないし、剣心もほんの子供の頃、養育係に連れられて行った位でよく覚えていない。二人でテレビを見ている時にやっていて、今は特別なパレードがあるというのでふたりで楽しみにして計画していたのである。
「覚えてたでござるよ。でも、四乃森先生はお忙しい方だし、こっちが悪いんでござるから、こういう事は早いほうがいいんでござる。間が空くと、気まずくなってしまうものでござるから。ディズニーランドは、来週にすればいいでござろ?」
剣心は事も無げにそういう。左之助には自分との約束が蔑ろにされたようにしか思われない。でも、もとはと言えば左之助の作った種なのだと言われて仕舞えばどうしようもない。
「・・わかった。でも、俺もついてくからな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

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