WonderWall

 

その夜は、特別冷え込んだ。
朝から一度も姿を見せない左之助の為に、剣心は夕飯を重箱に詰めると、薫に断って家を出た。
 白い息が、宙を舞う。この分だと雪が降るかもしれない。そう思いながらも傘は持たずに、深川にある左之助の長屋まで歩く。
 途中でやはり雪がちらつき始めて、剣心は立ち止まって空を見上げた。ふわふわした綿毛が、世界中を覆いつくそうとしている。剣心は一度息を吐くと、また歩き始めた。

左之助は、井戸で水を汲んでいる所だった。昨日よっぴいて遊んだせいで、今日は一日寝ていたのだ。
夜になってひどく冷え込んできたので、酒でもひっかけて暖まろうとしたのだが、水甕がからっぽになっていたので仕方なく外に出て水汲みだ。
全くなんでこんな事してんだ、俺はあったまりたかったはずなんだが?とかなり投げやりな態度でつるべを井戸に投げ込んでいたのだが、ふと、思った。
 あいつ冷え性だから、今夜あたり参ってるかもな。あの小さな手を包んで、あっためてやりてぇな。
 そう思うと今日一日会えなかった事がひどく気になって、いてもたってもいられない。なのに雪まで降り出した。左之助はその人に会いに行くのを邪魔されているような気がして無性に腹が立った。
 その時、背後に人の気配を感じて、振り返るとー・・、
 その人が、そこに立っていた。
「剣、心?」
 一瞬幻かと思って、なぜならこんな雪の中を、出不精のその人がわざわざ自分に会いにやってくるなんて、その上傘も持たずに?
 そして何より、髪に雪を絡ませながら、頬を赤く染めているその人の姿が、息を呑むほど綺麗だったから。
「左之、こんな時間に水汲みなぞ、近所迷惑でござるよ。」
 しかしその人の口から出てきたのはいつもと変わりない言葉で、それが幻でない事を左之助は悟った。
「わざわざ雪ン中、どうした?」
「左之が一日顔を出さぬので、飢えて震えておるのではないかと思ってな。」
 そう言ってふふ、と笑った。柔らかい笑いは、白い息の形になって浮かんだ。
「夕飯、食べるでござろ?」
 左之助はその笑みに思わず見惚れながらも首を傾げる。
 なぜならその人が手に何も持っていない。ただ、手を腹の前に交差させている。
「ほら、ここに。」
 剣心は笑いながら腹を示した。
「冷えぬように、拙者の腹でぬくめておいた。」
 暖かい炊きたてのご飯も剣心の体を暖めたのだろうが、左之助は照れくさくて思わず頬を染めた。
 恋人の肌で暖めた夕食、何とエロティックな食べ物だろう。
「とにかく、おめぇ冷え切ってるぞ。中に入れ」

 剣心の肌で暖めた夕食と、こちらは汲んできた水を湯にして燗した酒とですっかり満足した左之助は、お礼とばかりに剣心の体を抱き締め、蒲団を被ってまるくなった。
 望み通り、剣心の小さな手を包み、小さな足を絡ませて暖める。こんなに冷え切って、どこもかしこも小さな彼が、たまらなく切なくていとおしかった。
 剣心は左之助の裸の胸に頬をつけて鼓動を聞きながら、小さな声で囁く。
「左之、今日が何の日か、知ってるでござるか?」
「今日?今日は・・・、何日だ?」
 全く、と呆れたように息をつき、
「今日は、クリスマスでござるよ」
「くり・・・、栗きんとん?」
 すぐさま食べ物を持ち出した事と、左之助の頭がイガグリそっくりだと思い至ってくすくすと剣心は笑った。剣心の笑う振動がくすぐったくて、左之助も笑う。少し、鼓動が速まる。
「クリスマス。切支丹のお祭りでござるよ。神の子イエスが産まれた日、だそうでござる」
「いえす?」
「切支丹の、・・・ほら、十字架で磔になってるひと。」
「ふうん。でも、俺たちには関係ねぇだろ。俺もお前も切支丹じゃねぇぜ。」
「そうだな・・・。左之、イエスはな、神の教えを広めて、たくさんの人を救ったそうだ。でも謀略にあって、磔されて殺された。」
「そいつが産まれた日が、今日なのか。」
「そうだよ。イエスは、聖母マリアから産まれたんだ、馬小屋の中で。その誕生を告げる星を見て、東方の三博士がイエスのもとへやってきた。自分たちの救世主、イエス・キリストの誕生を祝福する為に。遠い遠いところから、何日もかけて、星だけを頼りに・・・」
「救世主、か。」
「なあ、左之。三博士たちは、どうして彼が救世主だとわかったのでござろう?どうやってイエスのもとまで辿りついたのでござろう?」
 左之助は剣心の冷たい髪を優しく撫でながら言った。
「わかんねぇ。でも・・・、きっと感じたんだ。そういうのって、理屈じゃねぇ、ただ感じたんだと思うぜ。俺もー・・、おんなじだ。おめぇ見た時、なんとなく分かった。こいつは特別だ、って。俺にとっちゃ、おめぇが救世主だ。」
 剣心はその言葉を聞くと、辛そうに目を伏せた。。
 自分は救世主などではない。ただの人殺し、ただ左之助に災いを導くばかりの忌み者なのに。
 しかし言葉にはせずに、ただ小さな溜息が左之助の胸にこぼれた。
「俺たちもちゃんと、出会ったじゃねぇか。そう考えると、もしかして神様っているのかも、な。」
 左之助は剣心の大きな目をじっと見た。艶を湛えた瞳はまるで夜空に輝く星のようだ。そう思って左之助はそっと目蓋にくちづける。この星がある限り、俺は絶対にこいつを見失ったりしない。この光があったから、俺は・・・。
 目蓋から唇が離れて、目を開けるとそこには、左之助の強い光を放つ真っ黒な瞳があった。ただまっすぐに自分をみつめる・・・。剣心は左之助の頭を抱えると同じように目蓋にくちづけた。唇の下に感じるのは、確かに剣心にとっての明星に違いなかった。
 耐えかねたように左之助は剣心を抱き締め、更に暖め始めた。
最中に、剣心は小さく呟く。
「救世主は、お主でござろうに・・・」
 しかしその言葉は左之助の耳には届かず、汗ばんだ肌の上で溶けた。
 そうして2人の『救世主』は、だきしめあいながら安らかな眠りにつく。
 雪は全ての人の上に平等に降り積もり、生誕祭の夜を白く浮かび上がらせていた。

 

 

 

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